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*なんということでしょう! [高校時代]

高校時代、私は美術部と生物部に所属していた。
生物部といっても、そこは太平洋に近い土地柄、
主に海洋生物を捕獲し、飼育して、たまに実験なぞしていた。
夏には水産高校と合同で合宿をしたりする。

生物室にある海水の入れ替えは、特に重要な作業だった。
顧問の先生の車に乗り、十数個のポリタンクを積んで海へ出向き、
海水を汲み上げて学校へ戻る。
一度水槽の半分ぐらいまで海水を抜き、生物を傷つけないように気をつけながら
小ぶりの水槽に移し、大きな水槽を掃除して、新しい海水を入れ、生物を戻す。
月1回程度の作業だったが、かなりの重労働であった。

海水の出し入れの際にはホースを使うのだが、
研究標本をつくるためのホルマリン(劇薬)を扱うホースも
同じ色形のものだった。
間違えないように札をつけて普段から気をつけているのだが、
一度 先輩が間違って使ってしまい、翌日生物室に行ったら
全ての魚類が腹を浮かせて死んでしまっていたこともある。

それは月1回の水交換の日。
その日に部活を休むことは、いくら試験前でも許されない。
それでなくとも我々の学年の部員は女子だけなのだ。
エンジ色のジャージに着替えて生物室に集まる。

いつものように海水を汲んで学校へ戻り、交換を始めたとき、
先輩が声をあげた。
「あれぇ、おまえ、どーした!」
「???」
ポリタンクを覗いている先輩のもとへ行くと、
「見てみろよ、かーわいーぞー」と うながす。
覗いてみたら、そこには、
手の親指と人差し指で輪っか をつくった時の空間の大きさ程度の
小さい『フグ』が チロチロと泳いでいたのである。

「わっカワイー」
「だっろー。どーしたんだおまえー、おかあちゃんに はぐれたかー?」
卵で生まれるんだから、んなはずはないのだが、
先輩だからツッコミもできずに黙っていた。
「midori さん、標本瓶」
「あっはい」
手前の水道で洗って差し出すと、先輩はそこに海水を入れ、
小フグを入れた。ちゅぽっ と音がした。

小フグは チロチロと狭い標本瓶の中を泳ぎ、なんともカワイイ。
大きな水槽に入れたら、すぐ大きな魚に食べられてしまうから、
ここで飼うことにするのだろう。

と思っていた。

先輩があっちのほうで何か作業しているな、と思ったら、
ニヤニヤしながら小瓶を持ってきた。
「いーか、見てろよ」
そう言うと、少ーしずつ小瓶の液体を 小フグの入った標本瓶に流し込む。

「何入れてんです?」
「へへへ。すぐわかるよ」

・・・まさか!

「先輩! 可哀相じゃないですか!」
「いーじゃん、どーせ標本にするんだから」
友人が青ざめる。
「えっ? もしかしてホルマリンっ?」
「もしかしなくてもホルマリン♪」
「信じられなーいっ!!」
女子部員のブーイングに先輩もちょっとたじろぐが、
入れてしまったものは、もう引き返せない。

みんな一斉に小フグに注目した。

そんなこととは つゆ知らず、まだ のほほん と泳いでいる小フグ。
一瞬、

アッ!

という顔をした。

えっ

と我々が息を詰めて見ていると、

少しずつ膨れっ面になり、

苦しそうな顔になってゆく。

「あはは。フグって顔筋あるんだなー」

先輩の呑気な言葉を完全に無視して、みんな小フグに集中する。

小フグは苦悶の表情を浮かべ、我々を睨みつけているように見える。

小フグの体全体から、きゅーきゅー というような苦しみの音が聞こえてきそうである。

・・・果たして、小フグは帰らぬフグとなってしまった。
虚空を激しく睨みつけたまま、「怨んでやる~」という顔で、
水中に斜めに浮かんでいる。泣く泣く標本瓶の列に並べた。

先輩への全部員からの信頼は地に堕ちた。でも小フグは帰ってこない。

ごめんよ、小フグ。守ってやれなかった我々を許しておくれ~~~

 

 

 

 

  

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コメント 2

かえる

はじめまして。
いろいろ読ませていただいちゃいました。
ここのブログ、面白いですねー。

このフグの絵カワイイ。可哀想でしたけど。
またお邪魔します。
by かえる (2006-02-07 22:47) 

midori

かえる様 コメントありがとうございます。
ロッキーさんの絵は、なかなかイイ味出てますよね。
またいらしてください。ご贔屓に。
by midori (2006-02-09 14:43) 

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