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だって わかんないんだもん! [幼児期]

幼稚園には、送迎バスで通っていた。
地区ごとに4つのグループに分かれ、私は第1グループだった。
朝は一番早く幼稚園に着き、午後は真っ先にお家へ帰るグループである。
運転手は、園長先生の息子さんがやっていた。

幼稚園に入る前から、ひらがなカタカナ、簡単な漢字はおろか、
九九までも諳んじていた私だったが、時計は読めなかった。
「第1グループのおともだちは、○時出発ですよ~」
と先生が叫ぶのだが、なんのことやら、というのが正直なところ。
もちろん「わかんない」という顔はせず、ツンとすましていたのだが。

午前の時間割が終わり、お弁当を食べてしまうと、
幼稚園はだいたい終わりである。
時計の読めない私は、真っ先にバス乗り場に向かう。
失敗なんかしたら大変。
「わかんない」ことがバレてしまうから。

幼稚園時代の私は、とても落ち着き払った子どもだった。
今思うと、私の人生のなかで精神年齢が一番高かった時代かもしれない。
誰にそういう躾をされたわけでもないのだが、
幼稚園ではいつも「キチンとしなければならない」という義務感にとらわれていて、
背筋を伸ばし、口を結び、先生の問いかけには、はっきり「ですます調」で答え、
クラスメートのケンカを止めたりなぞし、知能テストは抜群で、
先生たちの信頼は厚かった(と思う)。・・・ホントよ。誰、そこ、笑ったのは!

だから、まずかったのだ。
「わかんない」ことがバレては。
失敗は、許されない。

・・・しかし、その日はやってきた。

前にも書いたが、赤ん坊の頃から下の管理が行き届いていた(!)私は、
ションベンくさい(失礼)幼稚園のトイレになんか入ることなど、めったになかったのだ。
それなのに、その日に限って、帰る前にトイレに行きたくなってしまった。

ああん、間に合うかなぁ・・・
パンツを引き上げるのももどかしく、急いでバス乗り場に駆けつける私。
乗り場はガキンチョでごったがえしている。
私の大っキライなガキンチョたち。(自分だってガキなのに)
あぁこいつら うるさいなぁ。黙って立ってらんないのかよ。
でもよかった。間に合ったみたい。たぶん。

安心して、乱れた列の最後尾に並ぶ。
バスは、なかなか来ない。あれれ? 遅いよな。
この列って・・・第1グループだよ・・・ね?
列に並ぶ子たちの顔を、一つ一つ見る。

・・・・・・わかんない。
いつものメンバーなのか、違うのか、全くわかんないのだ。
私は焦る。今は いつだ、これは何の列だ、私は帰れるのか、私は・・・。

不安でいっぱいなのだが、誰にも聞けない。
(大丈夫。いつものメンバーだと思うよ)
(そうかなぁ。こんな子いたっけ)
二つの気持ちが交錯する。どうしよう。どうしよう。

バスが来た。
列が進み、私の目の前にバスのステップ。
もし違うんだったら、私の乗るバスじゃないんだったら、
先生、何か言うよね。
期待して、先生を見た。それは、あまり馴染みの無い先生。
「どうしたの? 乗りなさい」
やっぱりこのバスでいいんだ。だって、大人が間違うはずない。よね。

ホッとして乗り込んだ。でも・・・
いつもこんなに空いてたっけ? わかんない・・・・・・。

バスは走り出した。
クラスメートに話しかけられる。
いくら その子の顔を見ても、第1グループの子かどうかわかんない。
それよりも、通る道の景色を見ていたら、
バスがいつもと違うかどうかわかるかもしれない。

「midori ちゃん」
「今日はお話しない」
くるりと窓の外を向いてしまう私。
「あのさmidori ちゃん、ピンクレディーでミーちゃんとケイちゃん、どっち好き?」
「しゃべんないって言ってるもん」
私は振り返らなかった。くだらん話をしてる余裕なんか、ない。

景色は、見知ったような、見知らぬような・・・。
(この道、知ってるよ。いつも通ってる道だと思う)
(え? こんな港が見えるとこ、通ったことある? 山、こんな形だった?)
二つの思いが交差する。なんでもいい、お家に帰りたい。。。

・・・結局、私の降りるべき場所はなかった。

私以外の全員を降ろしてバスは幼稚園に戻ったが、私は席を立たなかった。
そのまま別のルートを2往復した後、バスは車庫へ向かい、
運転手さんの仕事は終わりなのだ。私はうながされて ようやく降りた。

そのまま職員室に連れて行かれた。
担任のN先生はもう帰ってしまって、顔見知り程度の大人たちに
いろいろ事情を聞かれることに。
「あらー、midori ちゃん、乗るバスわかんなくなっちゃったのー?」
それを言うなって・・・。

運転手さんがマイカー(時代を感じるなぁ)で送ってくれることになった。
風呂に入ってきたという彼は、サファリルックだぞ。おい。
すぐ出発してくれるのかと思いきや、
「ちょっと付き合ってくれや」

なんだろうと恐る恐る着いていくと、藍のれん。蕎麦屋だ。
「すぐにでも帰りてぇとこ悪いけど、にぃちゃん腹へっちゃってなぁ」
運転手さんの顔、初めてよく見た。こんな顔の人、クールファイブにいた気がする。
にぃちゃんじゃないじゃん、おっちゃんでしょ。

「なんか食うか?」
ぶんぶんと首を横に振る私。
「そっか、さっき弁当食ったんだよな。・・・じゃ、ファ○タ飲むか?」
どどどどうしよう。えっと、あの・・・。
「グレープでいいか?」
「あっ、はい」
つい答えてしまった・・・あんまり知らない おっちゃんの前でジュース飲むのイヤだなぁ。。。

運転手さんの注文は、たしか天丼だったような気がする。
出来上がるまでの時間が長く感じた。
彼は気を遣っていろいろ話しかけてくれるのだが、
子どもにあまり馴れていないのか、会話がうまく噛み合わない。
気まずい。。。

やっと出てくると、彼は丼を抱えてガツガツ食べ始めた。
それを上目使いに見ながら、ファ○タをチビチビ飲む私。
早く帰りたいなぁ・・・。家に着くまでこの人と一緒かと思うと、もう うんざり。
それでなくても子どもは、おっちゃんが苦手なのだ。タバコくさいし。

その後、無事に家まで送り届けてもらった。車の中では、ほとんど会話せず。
私は、ファ○タの代金のことを考えていた。
お母さん、運転手さんにちゃんと返してくれるかな。

充分「いっぱし」だと思っていたのに「ちゃんと帰れなかった」自分にヘコみ、
バスを間違ったら、またあの おっちゃんと気まずい時間を過ごす羽目になるんだという思いに、
必死で時計の見方を勉強した。
卒園するときには、ちゃんと読めるようになっていた。

・・・6歳児って、バカなのね。

----------

『書いてて思い出したこと』

運転手さんのマイカーで送ってもらったとき、
いつになく遅いことを心配した母が、門の前に迎えに出ていた。
あんなにうれしかったことはない。

「まーすみません、ご面倒おかけして・・・」
「いえいえ、」
母と運転手さんが挨拶しているのを隣で聞きながら、
甘ったるい気分で、母の腕につかまっていた。
普段は、母にくっつくなんてしない私が。

他の子のお母さんたちは、いつもバス乗り場まで送り迎えに来るのだが、
ウチの場合、家の門の前までバスが来るし、農家だから朝から忙しいので、
母が門に出てきてくれたことなど一度もなかった。
他の家はいいなぁ、と口には出さなかったが ずっと思っていたのだ。

・・・あったなぁ、こんなこと。遠い遠い思い出。

 

 

 

 

  

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コメント 14

幼稚園児…。
うちの姪っ子、思い出します…。
生意気なくせに、何もできないかわいいやつです。

あ、midoriさんの幼少の頃も、かわいかったですね!
おまけみたいに言うな…。
by (2006-03-11 04:34) 

「のびのび育ってくれればそれでいう事ありません」ってオトナは言いますが、子供にとっちゃのびのびとバカっぷりをさらしてしまうわけには行かないのですよね~。しかし自分の力ではどうにもならない焦燥感、いまとなっては懐かしい感覚ですね^^
by (2006-03-11 09:39) 

goinkyonosora

う~ん、いいな~、この感覚!好き♪
私は、とてもおとなしく無口な子でした。なので、それは違うんだよな~って、心の中でつぶやくことが多かった(^^;
今では考えられないけど(--;
by goinkyonosora (2006-03-11 10:13) 

綺華

うふ、バスの運転手のおにーちゃんの前でチビチビと
ファン○グレープを飲む幼稚園児・・・・なんともいじらしいですね(笑)

今だったら大人が天丼食べてて、子供がジュースだけなんて
怪しすぎて蕎麦屋のおっちゃんに警察に連絡入れられそうですね。
そう思うと、のどかな時代でしたね・・・
必死なmidoriちゃん当時6歳にniceです♪
by 綺華 (2006-03-11 12:10) 

midori

shino様 nice!ありがとうございます。
あーあーおまけでけっこうだよ。(←明らかに精神年齢若返ってる)

MINIPOLO様 nice!ありがとうございます。
「いっぱし」のつもりで頑張ってるとこが、そもそも「バカ」なんですけどね。
まぁ、6歳児だから。

おぺ様 nice!ありがとうございます。
え゛っ! おぺさんが、無口・・・(失礼)。

ayaka様 nice!ありがとうございます。
あっそーか、今ならアブナイ。そうですね。
昭和ですからねぇ。あの頃は
ちっこい子に興味あったり、ひどいことする男なんて
いなかったですからね。守るべきものでしたよね。
はあぁ。。。どうなっちゃってるんだか。
by midori (2006-03-11 20:49) 

midori

小坊主つばめ様 nice!ありがとうございます。
私、ちっこい頃は「いたいけ」だったでしょ?(はぁ?)
by midori (2006-03-12 16:13) 

Blue

私も時計だけは苦手でした~。
さらに24時間になると、19時って何時??みたいな。

さらにさらに幼稚園の送迎バスのなかでは
ずーっとイジメっ子に太ももをつねられてました;

悲しい思い出~。
by Blue (2006-03-13 13:08) 

う~ん、ノスタルジック。
それにしても、小さい頃のこと、細かくよく覚えてますねぇ。
by (2006-03-14 02:43) 

武田のおじさん

冒険でしたね~。
うちは徒歩通園でした。バス通園の幼稚園に行っている子が羨ましかった。毎日1時間の徒歩通園。大人でも40分はかかる道のり。
だけど、よれはそれで楽しかったかな・・・。
by 武田のおじさん (2006-03-14 11:20) 

さいがわ

うちの子は、もうすぐ3年生なのにアナログの時計はまだ読めない。一生懸命教えているのに、困ったもんだ。
自分のことは、中学校頃までほとんど記憶にないので、時計をいつ読めるようになったかわかりません。
by さいがわ (2006-03-15 11:59) 

サマンサ

ぁあ~なんか懐かしい・・この感覚・・思い出してしまいました。
一生懸命・背伸びして、いい子してたんですね。そうしてなくっちゃ・・って。わかります・わかります。なんか・思い出アルバムがパッと目の前
に広げられたようです。
バスと云えば・・・我が妹も運転手さんにお世話になった口です。
3年保育(2年保育の予定がどうしても「私も~っ」となったらしい・・)
に5円のバス定期券を首に掛けて意気揚々と通っていた頃です。
帰る際、駅終点まで乗ってしまい・引き返すバスにそのまま乗車し
無事にいつもの停留所で降りられた・・・あはは・・周りがどんなに心配したか・なんて・・ねぇ・・泣きもせず、堂々とタラップを降りてきた・・・と
母は語ります。
子供って・目には見えない凄い能力を秘めているものなんだと思うんです。ホントすごいですよね。一生懸命無い経験で・・自分なりの知恵を
振り絞って・・・拍手喝采モノです・・・midoriさん・あなたの幼少期に・・
パチパチパチパチ~♪
by サマンサ (2006-03-17 03:18) 

midori

ああん、みなさん、返事遅れてごめんなさい。

茶川リュウ之介 様 nice!ありがとうございます。

Blue様 nice!ありがとうございます。
そうそう。あれは子どもには理解でけへん。
ず~っと? なんで? 好かれてたんちゃうの?

pingpong様 nice!ありがとうございます。

ガミ様 nice!ありがとうございます。
はいー、憶えてます。
だって、どんだけ考えても、この人がいつものメンバーか、
この車窓がいつもの景色か「わかんない」ってことが
ショックだったんですもん。忘れたくても忘れられない。

武田のおじ様 nice!ありがとうございます。
えー、そんな小さいのに1時間も歩いたんですか? すごいなぁ。
私も小学校はそのくらい歩きましたけど、あの頃の自分が
切なく思えますもん。ま、道草が楽しかったけど。
子どもは時間がたっぷりありますからね!

いいだや様 nice!ありがとうございます。
時計なんて、そのうち必要になれば自然におぼえますよ。
時間に縛られない時代なんて、少ししかないんだし。ちょっとうらやましい。
私は、「もう時計なんか読みたくない」です。あああ忙しい。。。

サマンサ様 いらっしゃいませ。
わはは、拍手もらっちった。どもども。
子どもってホント懸命に生きてますよねー。
この頃を見習いたいですよ。
今も別にふざけて生きてるわけじゃないですが、
忙しいのに宵闇が迫るとつい酒に逃げてしま・・・あわわ、納期が!!
by midori (2006-03-17 19:35) 

Blue

女の子ですよ~。
未だに忘れもしません。
「志げ子」です。
by Blue (2006-03-18 23:38) 

midori

Blue様 はっ女子ですか。。。
それはもう「虐待」の域ですなぁ。お察しいたしまする。
Blueさんがカワイイから、女の嫉妬ですよ、きっと!
by midori (2006-03-19 01:41) 

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