隣の異邦人

あれはバブル真っ盛りの頃。

神田川沿い・四畳半で風呂無しトイレ無しアパート
家賃36000円也の部屋の隣に住んでいたのは、
中国人だった。

私は田舎から出てきたばかりの
まだ入学もしていない専門学校生で、
金も友人もない。

時間だけはたっぷりあるが、バイトもなかなか決まらず、
部屋と公衆電話とコンビニと銭湯とコインランドリーを往復するだけの毎日。
テレビもない部屋で、ラジオをひっそり聴くか、
実家から持ってきた文庫本を、
何度も読んであらすじなんて頭に叩き込んであるような純文学なんかを、
暇をつぶすためだけに読んでいた。

隣の部屋の住人とは、
夕方、コンビニ弁当を買いに出るとき、たまに顔を合わせた。
「こんにちわ・・・」「・・・こんばんわ」
お互いぎこちなく、挨拶だけ交わす。
彼女は、昼間は家にいて、夕方になると出かけていくようだった。
年のころ40歳くらいだろうか？　落ち着いて暮らしているように見える。
夜の仕事なんだろうな、そう漠然と思っていた。

ある火曜日の夜。
聴くともなしに点けっぱなしのラジオから
好きな曲が流れてきた。
ボリュームを上げようと壁際のラジオに近づいたとき、いきなり

ジャッジャッジャッジャーーーンッ

と激しい音がした。壁の向こうからだ。
？？？
音は、なおも

ンバ、ンバ、ンバ、ンバ　スチャッ、スチャッ

と不穏な感じで続き、そして

ズズズッ　ズズッ　ズーワーーッ

と自己主張をして消えた。

「・・・なっなにぃ今の？」

気がついたら、私の好きな曲は終わっていた。
「隣、今日は休みなのか？　ったく、人がイイ気持ちで聴いてれば・・・」
ブツブツ呟きながら、読みかけの文庫本に目を落とす。
それから15分ほど経っただろうか、また

ズズズッ　ズズッ　ズーワーーッ

という不安をあおる音。
内心　ヽ(｀д´)ノ　うるせーぞっ！
と思ったが、待てよ、どっかで聞いたことが？

・・・あ。

「火サス」。
CM前の音楽だ、コレ。
・・・中国人も、２時間サスペンスドラマ、観るんだー。
新たな発見であった。
（音楽だけ音量が大きいらしく、ドラマの内容やCMは聴こえてこない。
音楽だけ聴くと、かなりコワイっす）

専門学校に入学してからは、
バイトも決まり急に忙しくなり（こんな状況）、
部屋で過ごす時間は ほとんど寝るだけになっていった。

それでもたまに、体調を崩してバイトを休み、
その日がたまたま火曜日だったりすると、
やっぱりアノ音楽が壁の向こうから聴こえてくるのであった。
・・・好きなんだなぁ、火サス（笑）。

その部屋には２年ほど住んだが、
隣の住人とは相変わらず時々顔を合わす程度で、
挨拶以上の話をすることはなかった。

学校も卒業間近となり、就職の内定ももらって、
ちょっと郊外の風呂付アパートに引っ越そうかと準備していたある日。

その日は、ゼミの飲み会があり、バイトを休んでいた。
会場の居酒屋へ行く前に、一度部屋に戻り、暗くなってから出かけた。
ヤボ用があって、まっすぐ駅へは行かずに、
遠回りをして駅のロータリーへ向かった。
その道すがら。

あ。隣の。。。

中国人だった。
なんだ、近所で働いていたんだ。
今まで１回も見かけなかったのが不思議だな。

彼女は一生懸命、客の応対をしていた。
異国の地で、一人でこうして生きてきたんだと思うと
少し同情的な気分になった。
私は他人の顔をして、足早に通り過ぎた。

あれから二十年近く経つ。
今頃は、どうしているんだろう・・・・・・あの占い師。

 
そんな職業だったとは、と驚かれた方は ポチッと お願いします．
（私は すげービックリしました　゜▽゜;）

コメント 14

ふと思ったのですが、midori さんの文章、群ようこ氏を彷彿とさせますね。あの、全然他意はないです、ご気分害されたら、ごめんなさい。
私好きなんです。群さんの世界。そして、 midori さんはもう、midoriさんの世界を確立していらっしゃると思うんですが、その世界もすごくすきなんです。
「かもめ食堂」の映画の感想をいろんなところで目にしたけれど、原作が群ようこ氏と知って、「はあ、なるほど」と思いました。

「人に歴史あり」ですな。
占い、という神秘の世界と「火サス」という、あまりにも世俗のにおいの強い世界の取り合わせが・・なんというか・・ミスマッチなようでいて、
かえって現実味を感じます。
早いですねえ。20年ですものねえ・・・
by Sho (2007-02-05 00:26) 

Sho様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます。
ほー。群ようこ。すみません、読んだことがありません。
もちろんお名前は知っているし、売れていることも、面白いであろうことも、情報は入っているのですが、なかなか縁が無くて。
「かもめ食堂」の原作なのも知っていましたが、読むには至りませんでした。ホントに縁が無いのかも。
でも、「文章が似ている」と言われて悪い気はしませんよ。かえって、おこがましくて恐縮です。
私の世界。自分では意識していないけれど、はたから見たらクッキリ浮かび上がっているのかもしれないですね、ありがとうございます。うれしいです。

いま、「火サス」も無いじゃないですか。
本当に時代の変遷というのは顕著で、だからこそ彼女の行く末を案じずにはいられない。
なんか良い縁でもあって、幸せに暮らしていたらいいのですが。
by midori (2007-02-06 21:59) 

なんだか、久しぶりのmidoriさんの文章、堪能しました。
しかし、外国人の占い師に見てもらおうとは微塵も思わないので、果たして商売になっていたもんかは解りませんが・・・。
by ウチータ (2007-02-11 17:10) 

ウチータ様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます。
彼女は、片言でなくちゃんと日本語話せたので、
それほど支障はなかったのじゃないかなぁ。
でも、酒場でお客さんの相手するお仕事だと思っていたので、
ものすごくびっくりしました。
by midori (2007-02-11 20:55) 

バブル絶頂のころは会社の寮に入っていました。それが会社は都心なのに、会社の寮は郊外のとっても寒いところにあって、冬場は部屋の外に出るときはんてんを着ていたのをおもいだしました（ふるいかな・・・）。
by あきら (2007-02-12 23:28) 

あきら様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます．
おぉー．「寮」「はんてん」．昭和の匂いがしますねぇ．
アノ頃はまだ大手では，女子社員は「いずれ男子社員の嫁に」なんてぇ扱いが主流で，自宅通勤の女子が優先的に採用されてたりしたっけなぁ．
by midori (2007-02-15 08:24) 

学生の時に住んでいたボロアパートを思い出しました。
そういうところって、コギレイなところより物語がいっぱい詰まってそうで、今思うと素敵ですよね。
その占い師、他にも職業あったんじゃないですか？
と、変な時間に変な裏読スミマセン。
楽しませていただきました。はい。
by blues (2007-02-27 03:57) 

blues様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます．
物語つまってますよ，いっぱい．
夜中寝てたら，足の上をゴキちゃんに歩かれたこともあるしね．

・・・他の職業かぁ，考えなかったなぁ．
もしかしたら，まだそこに住んでるかもしれませんけどね．
年に１回くらい仕事で，アパートの前通るんですけど，
訪ねる気もないし（ま，訪ねたところで「アンタだれ」でしょうし），
いろいろ想像しながら２階の部屋を見上げたりしています．
by midori (2007-03-03 17:49) 

中国からの留学生がいてね、学生のとき（当たり前だけど）。
えっと、彼はたいへん日本のAVが気に入ったようでした。
お、オーディオ・ヴィジュアル・・・



じゃないほう。
by hil (2007-03-03 21:42) 

hil 様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます．
ほほう．そういえば，学園祭で，そういうところの女優を呼んでみました．
男子大喜び．
by midori (2007-03-11 14:21) 

midoriいいんちょが呼んだの？
い、いいな・・・。

僕んとこは松本典子（こんな字だっけ）。
いまは何処へやら・・・。
by hil (2007-03-14 23:28) 

ゼミのメンバーで，案をいくつか出して，多数決で決めたらしいです．
私はその日，バイトが忙しくてゼミを休んでました．後で聞いてビックリ．
当日は，講演会アンド撮影会で，けっこうキワドいポーズで撮られてましたよ．「ウオー」「ウオーっ」男子大喜び．

松本典子．懐かしっ．よく石野陽子あたりと志村けんのコント出てましたね．
by midori (2007-03-16 13:00) 

松本典子なつかし～。
ヤクルトの苫篠と結婚しませんでした？

火サス好きの占い師かぁ。
by Blue (2007-03-26 15:04) 

Blue様　ｎｉｃｅ！ありがとうございます．
松本典子．．．そうでしたっけ？　カワイー感じのアイドルでしたよねぇ．

そうなんですよ．
だから火サスのテーマソング「ズズズッ　ズズッ　ズーワーーッ」
（ドラマは終わっても，定番の効果音として，時々テレビでかかりますよね）
が聴こえてくると，反射的に彼女を思い出します．
by midori (2007-03-31 13:52)