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【人語り】 「赤い靴」にこだわる悪役――山本昌平(69歳)

以下は、「産経新聞」に掲載された文章です。
これを読んで思うところがあり、みなさんに紹介したくなりました。
最初は公式サイトにリンクするつもりだったのですが、
この記事自体の掲載がありませんでしたので、やむなく全文転載という形をとりました。
関係者の方、問題があるようでしたら、ご一報お願いします。

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産経新聞 【人語り】
『悪には心がある』 ――「赤い靴」にこだわる悪役――山本昌平(69歳)

 時にカッと見開かれる眼光には、たじろぎさえする。昭和のころには、近所に住んでいたことがあった。当時は役柄から眉もそり落としており、夜間に自販機の前で出くわして、ギョッとさせられたこともある。
 「青春だった」というピンク映画で会社と衝突し、船に乗った。陸に上がって再び役者になって、やくざ者、時代劇、SFに至るまで、ひと目でそれと分かる徹底した悪役稼業。元東映フライヤーズ投手、八名信夫らと結成した「悪役商会」はそうそうたる怪優集団だったが、なかでも山本の凶相ぶりは際だっていた。「これまでに、1000人は殺したでしょうか。同じくらい、殺されてもいます。殺されて初めて、山本昌平という役者は生きるのです」
 見る人に、本当に悪いやつと思ってもらえなくては、殺される必然性に欠ける。殺され方の美学を追求してきた。最終目標は忠臣蔵の吉良上野介。「悪役を極め、最後に善人の吉良を演じる。この世で難しければ、生まれ変わっても役者を続け、いつか私の思う吉良上野介をやりたい。そのための悪役修業でもあるんです」
 別の顔もある。

 子供のころ、悪さをすると母親に「人さらいに連れていかれるよ」と脅された。頭に浮かんだのは哀切な「赤い靴」のメロディだった。
 イメージは、ゆらゆらと揺れる影のような背の高い異人さんに連れられて行く小さな女の子を、電柱の陰で見送る自分の姿に膨らんだ。「行かないで」。だが、大きな異人さんに立ち向かい、連れ戻す勇気はない。
 少年のころの、達成されなかった小さな正義感にこだわり続け、決着をつけるために10年かかって脚本を書いた。女優、紅理子との2人芝居「異人さんに連れられて」を、5年間、演じた。そして「赤い靴」が実話だったことを知った。きっかけは北海道新聞に送られた「妹」からの投書だった。
 女の子は名を「岩崎きみ」といった。明治35年7月、静岡県に生まれ、母親とともに北海道に渡った。母は再婚相手とともに開拓農場に入植するが、生活は厳しく、3歳のきみちゃんは米国人宣教師の養女に出された。再婚相手は後に札幌の地方紙に転職し、同僚となった野口雨情に娘の話をしたのでしょう。生後間もなく長女を亡くし、はかない命を「しゃぼん玉」の詩に書いた雨情はこの話に同情し、「赤い靴」を書いたのでしょう。母は死ぬまで、きみちゃんは米国に渡り、幸せに暮らしていると信じていました・・・。
 投書はここまでだったが、道新の記者は取材で宣教師夫妻の行方を突き止めた。きみちゃんは米国に渡っていなかった。結核を病み、長旅には耐えられないだろうと船には乗らず、教会に預けられた。そして闘病生活の末、東京・麻布十番の孤児院で亡くなっていた。わずか9歳だったという。
 山本は芝居の脚本を麻布十番の喫茶店で書き続けていた。女の子役の紅は、孤児院の跡地に隣接するマンションに住んでいた。「偶然とは思えないじゃないですか。必然だと感じました」。平成元年2月、麻布十番に「きみちゃんの像」が建てられた。その足元にだれかが18円を置いた。ここからチャリティーが始まった。毎年の納涼祭りでは、山本がハーモニカで「赤い靴」を吹いた。昨年までに、ユニセフへの寄付は1000万円を超えた。

 平成7年1月17日、57歳の誕生日を迎えた。この日、阪神大震災で神戸の街が燃えた。やはり偶然とは思えなかった。何かできることはないか。少し落ち着いたころ、被災地の老人ホームをハーモニカ1本を持って訪ねた。喜ばれた。
 還暦の年、1年間仕事を休み、ハーモニカを持って全国の老人施設を回った。「きみちゃんが生きていれば、どこかの老人ホームにいたかもしれないじゃないですか」。思いは一貫している。
 音楽家のそれとは違い、山本の演奏は役者の語りだ。たとえば雨情の「しゃぼん玉」を吹く。生まれてすぐに、こわれて消えるまでの映像を、ハーモニカの音色で聴かせてみせる。皆、泣く。眠り続けていた老女が突如語りだし、止まらなくなったこともある。
 慰問の行脚はその後も続いている。旅の先々で、奥さんがパンフラワーで作ったスミレの花を1本1本手渡している。目標は1万本。すでに5000本を数えた。
 にこやかに「愛しているよ」と語りかけ、「この顔はこの場限りで忘れてください」とあいさつして去っていく。笑顔が印象に残っては、老人らが楽しみにしている「水戸黄門」などのテレビ時代劇に悪代官役で登場しても、憎み嫌われることができなくなるからだ。
 慰問先は老人施設だけではなく、子供の施設にも広がっている。今後は刑務所も回りたいと話している。「最近はどちらが本業だか分からなくなっている。慰問の合間に役者をやっているような状態。でも、今が人生で一番充実しています」。いじめ問題。老人問題。「論議は出口ばかりを求めている。入り口に入らなくては状況は分からないのに、入っていこうとしない。このままでは日本の国はだめになる。地方を回っていると、本当にそう思う。それが今の山本の怒りです」
 また顔が怖くなる。悪役と、弱者を思う素顔。折り合いは、どうつくのか。
 「善と言う字には口がありますが、心はありません。悪には、心がありますから」
                                                     =敬称略
                                                 (文 別府育郎)
「産経新聞」 平成19年3月11日(日) 掲載


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hil

midoriさんが「思ったこと」というのが知りたいよ。
僕はもちろんmidoriさんが里子に出されてたことは知ってるけど、
たとえばそういうこと?

野口雨情のうた(の意)は都市伝説みたいになっているけれど、
『赤い靴』は、やっぱりそうだったんだね。
by hil (2007-03-19 19:23) 

Sho

midori さんが「思うところ」と多分違うと思うのですが、私もこの記事を読んで、思うところがありました。でも、それが何なのかはっきり言葉になりません。でも、それに近い気持ちを文章にしてみました。拙文「その前に聴きたいことがある」です。
直接的なつながりではないので、TBは控えさせていただきました。

出口も大切だけど、入り口こそが大切だと私も思います。

出口を見つけることばかり急いでいる。大切なことは、まず入り口に入り、じっくりと出口を探していくことのよう思います。その道のりに大切なことがたくさんあるように思うし、そうやって出口まで格闘するからきちんと出られると思います。・・・まだ上手くいえないです。

>善と言う字には口がありますが、心はありません。悪には、心がありますから
これ深いなあ・・・ 私には深すぎてまだまだわからないです。
でも、すごい言葉だなあと思います。
by Sho (2007-03-19 21:14) 

midori

どうも、みなさんをビビらせているようですねぇ、
midori の「思うところ」っつーのが何なのか、
この文章はポイントが複数あるし、
コメントしにくくさせており、大変失礼。
いえね。単純に「えっ、実話? げっ、あの子異国に行ってなかったの?
しかし、この悪役の人すごいなぁ」って思っただけなんですけどね。
この記事を紹介する理由として、ま、つらつら書くのも野暮なので
「思うところあり」としました。いろいろ考えちゃいました? ごめんねー。
そらまぁ、みなさんご存知のとおり私は里子の経験があるもんで、
「子どもを人様に預ける」なんてぇ話に人一倍弱いことは確かです。
でも、女の子のくだり以外でも、いろいろ感心するところありましたよね。

hil 様、Sho様 コメントありがとうございます。
おぺ様、noel 様 nice!ありがとうございます。
おかげさまで、500nice!になりました。
by midori (2007-03-24 22:33) 

Sho

500 nice ! おめでとう!! (^O^)/
by Sho (2007-03-24 23:27) 

midori

Sho様 nice!ありがとうございます.
みなさまのおかげさまでございます!
by midori (2007-03-31 13:48) 

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